覚悟を持って生きると言うこと

ここ数年のコロナ騒動やマスク社会の現状など見ていますと、本当に日本人はダメになったなと思います。
日本人に限らず、先進国と言われる全ての国がもうまったくダメなんですが、
世界的に見て少しだけ希望が持てるというか、そうだったのかと嬉しい驚きだったのはアフリカ諸国です。
コロナのワクチンをアフリカの多くの国はあまり接種しなかったのですが、そもそもコロナがアフリカの人々にとってそんなに恐ろしい病ではないと彼らは知っていたということです。
アフリカと言えばエボラ出血熱やマラリアなど別の恐ろしい感染症がいくらでも有るわけですし、寄生虫の駆除薬としてのイベルメクチンが普及していた事もあるのかもしれません。
それよりも何よりも、アフリカは今まで散々大手製薬会社の実験台にされてきた経緯があり、
白人達の持ってくる未知の薬に対してとても懐疑的になっているといった報道も見かけました。
つまりようやく本当の事に気付いたという事です。
ひるがえって日本はどうでしょうか。未だに外に出てみればほぼ100%の人がマスクをしていますし、
日本人にとってそんなに怖い感染症でもないコロナの為に、消毒液やアクリル板を嬉々として受け入れているように見えます。
介護施設などでは未だに入居者と家族を直接会わすことを禁止していると聞きますし、完全な思考停止状態が続いています。
マスクもアクリル板もディスタンスも、誰か偉い人が号令をかけてくれないと辞められないのが現在の日本人です。
つまり自分では何も決められない。
これは全てをまわりに頼り切って生きている子供と同じレベルです。
自分で責任をとれないから全部人任せにしてしまう。
大人なら自分の判断や選択の結果はその責任と共に受け入れるものですが、
それが出来ないのはつまり自分の責任で人生を生きていないと言うことに他なりません。
結局とどのつまりは覚悟が無い。
校長先生に覚悟があれば、子供達にマスクを外しなさいと言えるはずですが、それをしない。
施設長に覚悟があれば、お年寄りとご家族を直接会わすことも出来ますが、それをしない。
会社の社長に覚悟があれば、全従業員に対してマスクは任意だと通達出来ますが、それをしない。
全ては「もし何かあったら。訴えられたら。」といった時の責任を取りたくないからです。
自分の人生に責任を持ち、覚悟を持って生きている人には独特の爽やかさがあります。
日本人からそうした爽やかさが消えてしまったことを本当に悲しく思います。

「宗教・スピリチュアル」

介護食レシピ「食べごろclub」

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎タラのフライ
◎キャベツサラダ
◎冷や奴
 
 


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