尽きることのない欲望が動かす世界。日産の事件について思う事。

「貪・瞋・痴(どんじんち)」という言葉をご存じでしょうか。仏教で三毒と言われるもので、貪は貪欲の貪。尽きることのない欲望の事です。
瞋は怒りの事で、痴は無知・無明の事です。人を苦しめる煩悩の中でも、特にこの三つが毒というわけです。
今回、日産のカルロス・ゴーンさんが逮捕されたニュースを見て、仏陀のこの言葉が頭をよぎりました。かつてカルロス・ゴーンさんが、自身の高額な給料について問われ、「世界の基準から見れば全く高くない。」と答えた事を記憶していましたので、留まるところを知らない欲望の行き着く先を今回見せてもらった感が強いです。事件の背景については、逮捕劇が周到に準備されていた風であることやフランス政府との関係を考慮する必要もあるだろうことから、よほどはっきりとした証拠がないと逮捕までは踏み切れなかったでしょう。それと、逮捕の一報が流れたその日に日産社長の記者会見がありましたが、不祥事を起こした会社のトップがする記者会見とは全く違う雰囲気の会見でした。ゴーンさんの所業には、よほど目に余るモノがあったんでしょうね。
それにしても、今回のニュースが流れてあらためて、会社とは何のために、誰のためにあるのかといった事を突きつけれらた気がします。
かつて金融ビッグバンのかけ声の元、アメリカの意を受けたのであろう日本の官僚や政治家たちが次々と規制を撤廃していきました。その結果、日本中の銀行はいわゆるメガバンクと言われる巨大銀行に集約されていきました。その過程で、日本的な経営者哲学といったものが失われてしまった気がします。
今回ゴーンさんは給料が5億では不足で、さらに別のルートから自分に利益を誘導していたようですが、つまり小さな会社の強欲ワンマン社長レベルのモラルしかこの人は持ち合わせていなかったという事になります。強欲ワンマン社長なら、自分の給料とは別に、勤務実態のない妻や子供の給料まで会社に支出させる話しは昔から巷にあふれていますが、会社が大きくなるにつれ、そういったモラルの持ち主は会社から排除されるのがかつては普通でした。
しかし今は欲が強ければ強いほど出世できるようです。かつて日本で、立派な経営者と呼ばれる人は、会社は社会の公器だと認識し利益は社会と従業員に還元するものだとはっきり言える人でした。松下幸之助しかり稲盛和夫しかりです。
松下幸之助率いる当時の松下電器が、メーカー希望小売価格を守らず安売りを続けるダイエーに一切商品を卸さなかったのは有名な話しですが、目先の利益のみを追求すると大きな利益が見えなくなると言うことを、松下さんは消費者にも知って欲しかったのだろうと思います。
しかし世の中のレベルは「安ければ良い」、つまり自分さえ良ければといったレベルに向かって進んでしまった為に経営者でさえモラルは崩壊し、結果貧富の差は広がり続け、富める者はとめどなく富み一般市民は搾取され続ける世界を実現してしまいました。
新聞やニュースで景気が良くなったといくら言っても、実際には企業の内部留保と経営者の給料ばかりが増えて、一般従業員の給料は逆に下がり続けているのが現実です。ほんの20年くらい前まではそうではありませんでした。
この事件を契機に我々はもう一度、会社とは誰のために、何のためにあるのか考え直す必要がある気がします。かつての日本の経営者なら、カルロス・ゴーンを名経営者とは絶対に言わなかったでしょう。彼は2万人もの従業員の首を切って会社を建て直したわけですから。百歩譲って、どうしても首切りをしなければ会社が立ちゆかなかったとしても、まともな経営者なら再建の目処がついた段階で自分も辞めるのがまっとうな経営者のすることです。
こんな考え方、もう今の世の中では通用しないのでしょうか。だとしたらつくづく困った世の中になったものだと思います。

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎鶏手羽元とジャガイモのロースト
◎ペンネのグラタン
◎ブロッコリーのサラダ

 

 

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