重い話し「生きる力が湧かないときは」

このブログでは、時々重たい暗い話しも書いていきます。
自分のためでもあり、中には共感下さる方もいると信じて書いていきます。
こちらにもちらっとだけ書きましたが、私は以前営んでいた会社(といっても超零細個人事務所ですが)の経営に行き詰まり築きあげてきたもの全てを失った経験があります。
そこに行き着くまでに当然必死でもがき苦しむわけですが、
有るときはっきりと「あぁ、これで万事休すだな。終わったな。」と突きつけられる瞬間が来ます。
私の場合、その瞬間以降どうしても生きるための気力が湧いてこない時期がありました。
一種のうつ状態なんだと思うのですが、もう本当に何もする気になれず、
体の中心部分から活力が抜けていく感覚があるんです。
抜けていくというか、エネルギーがその部分に入ってこないといった感覚…。
ちょっと言葉で表現するのは難しい感覚ですが、
人によってはこうした状態の時に自暴自棄になるんだと思います。

今になって思うのですが、そうした状況に心がなってしまったときに人は二通りの反応を示すんだと思います。
ひとつはこのやり場の無い虚脱感を自分自身の内面に内面にと深く沈めていくタイプ。
このタイプは放っておくと自殺に走りがちです。私はこっちのタイプでした。
もう一つはどうしようもない無力感・虚脱感を内面に閉じ込めることも出来ず、持てあましてしまうタイプ。
このタイプは時々重大な犯罪を犯す場合があります。
自分のことすらどうでもいいわけですから、当然他人のことなど更にどうでもよくなるんだと思います。
犯罪に巻き込まれる方はたまったものではありませんが…。

私は今、そういった虚脱感から何とか抜け出しつつある段階です。
ただ、はっきりと抜け出せた分けではありません。
ふとした瞬間にどっぷりと虚脱感に襲われることが今でもあります。
自分の人生は何だったのか、何のために生まれてきたのかと深い憂鬱に突然襲われます。
もしかしたら一生その感覚はついて回るのかもしれません。
そんな時に、私はその虚脱感・無力感をしっかり心の中にとどめ味わう事にしています。
心の中にわき起こるその感覚をひたすら味わう…。あるがままに受け入れる。
ありがたいことに、人間の心は同じ感情をずっと留めておくことが出来ません。
いつしか別の感情がわき起こり、突然の憂鬱は自然と消えてなくなります。
もし今、このブログを見ている方で生きる力を無くして心が弱っている方がいましたら、
怖がらずに憂鬱を味わってみて下さい。
そして闇を振り払うために何かに頼ることはやめて下さい。
それはアルコールかもしれませんし、暴力かもしれません。
いずれにしても依存は何も解決してくれません。
ただ闇を味わい、ありのままに受け入れさえすれば自然と少しずつ闇は薄くなります。
あせらずゆっくりとその時を待ちましょう。


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