小学校三年生の時に聞いた話しを今でも覚えています。それは「地獄」の話しでこんな内容です。
「あるとき、古いお墓を掘り返すことになった。掘った場所から出てきた骨は別途供養するために集めるので、出てきた棺桶を一つ一つ暴いていった。すると、中のひとつから蓋の裏側に沢山の爪痕がある棺桶が発見された。恐らく一度死んで埋葬された後に息を吹き返し、脱出を試みて棺桶の蓋に爪を立てたのだろう。かわいそうにそのまま生き埋めとなって亡くなったわけだが、これが本当の地獄だ。」
こんな話しです。当時私はこの埋葬されてから生き返った人の事をなんだかリアルに想像してしまいまして、しばらくは夜なかなか寝付けないほどに恐怖を感じました。このまま眠ってしまって次に目が覚めたときにもし棺桶の中だったらと、当時まだ8歳くらいの私は真剣に怖いと思いました。
実は今エリザベス・キューブラー・ロスさんの(「死ぬ瞬間」と死後の生)という本を読んでいまして、その中の「人生をじゆうぶんに生きてきた人は生きる事も死ぬ事も恐れない。」という文言がとても腑に落ちたといいますか、ストンと納得出来る感じがしたのですが、それからしばらくして思い出したのがこの「地獄」のエピソードです。
子供だった私は恐らく「死ぬ」と言うことをとても恐ろしいことの様に感じていたんだろうと思うのですが、その分今よりもずっとリアルに「死」を遠ざけたいと考えていたんだろうと思います。
それから50年近く経った現在、もうかつてほどは「死」を怖いと思わなくなりました。もちろん「人生をじゅうぶんに生きてきた…」と偉そうに言うつもりはありませんが、嘘のない気持ちとして「明日死んでも良い」とは思っています。
私の場合、両親はとうに見送りましたし、兄と姉もすでに鬼籍に入りました。子供達もようやく親を頼らずとも生きていける歳になりました。
人生の夢であり目標でもあった独立起業という経験もさせていただきました。
まあこれについては結果的にうまくは行かなかったわけですが、それも含めて後悔のない経験をしたと思っています。
自分の作った会社や店を畳んで以降、何の目的も持てないまま人生を過ごしてきましたが、最近はそれもまた良しと思えるようになってきました。
朝目覚めて昼間働き、夜になったら眠る。それが出来る事のありがたさも少しは分かるようになったつもりです。
だから、というわけではありませんがコロナウィルスを恐れるあまり営業している飲食店などに嫌がらせをする人のニュースが最近妙に気になります。
この人達にこそ、先ほどのキューブラー・ロス博士の言葉「人生をじゆうぶんに生きてきた人は生きる事も死ぬ事も恐れない。」という言葉を贈りたいと思います。人の人生に口出ししている暇があったらもっと自分の人生を生ききって欲しい…。その事をこうした人達には気付いて欲しいと切に願う今日この頃です。
さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。
◎天ぷら
◎筍ご飯
◎ワカメスープ