死とあの世を身近に感じて生きるということ

「自己紹介」でも少し触れていますが、私は自宅で父を看取った経験があります。今から思えば、この時の経験は私にとっても父にとっても幸せな得がたい時間だったと思います。ただ、もしその時に私の仕事が順調だったらそうした経験は出来なかったろうと思います。しかしどうした事かまるで決まっていたかのように父を介護する生活へと導かれていきました。今日はその時感じた不思議な思いをお話ししたいと思います。
私は31歳の時に独立して自営業者になりました。ほとんど何のあても無い状態で独立しましたが、仕事の内容が丁度時流に合っていたこともあり何とか売上も安定し、三人の子供に人並みの生活をさせてやることが出来ていました。
今振り返っても独立してからの約10年ほどが私にとって公私ともに最も充実した時期でした。
ところが事業を始めて10年目、私が40歳の時に母が他界しました。
すると私の事業はなぜだか突然、母が亡くなった時期を境に悪い方へと向かいはじめました。
それはもう笑ってしまうほどの運気の変わりようで、仕事だけに限らず私生活でも悪いことが連続して起こるようになりました。
例えば、当時私は事務所から歩いて7〜8分ほどかかる場所に駐車場を借りていました。
ですので、車で出かけた帰りなどで荷物が多いときは事務所の前に車を止めて荷物だけ事務所に放り込んでから車を駐車場に止めに行く事がよくありました。免許はゴールド免許でした。
もう10年近くそんな生活を続けていましたし、私の事務所の前はそこそこ路上駐車の多い場所ではあったのですが警察の取り締まりはほとんど来ない場所でした。
それが母が亡くなって、葬儀などを終え仕事を再開して一週間もたたない頃にいつもの様に荷物を事務所に置きに行って車に戻ったら何と駐車違反のシールが貼られていました。相当久しぶりの事でしたのでかなりびっくりしたのですが、これだけで終わらずそれからほんの1ヶ月ほどの間に別の交通違反切符を更に2枚ほど切られてしまいました。
どれも軽微な違反ではありましたが、違反が軽微なだけによけい運の悪さを感じてしまう出来事でした。
私生活に留まらず、仕事の方もこの母の死を境に本当にあれよあれよといった感じで悪くなっていきました。
まず一番大きな売上をいただいていた得意先が会社ごと身売りをしてしまい、それをきっかけに仕事がゼロになりました。
それでもまだ残った得意先で何とか食べていける状態でしたので、その時はまだそんなに焦りはありませんでした。
ところがそれから一年もたたない頃に、一番長くお取引いただいていた得意先から突然仕事を切られてしまいました。
これは私にとってかなりショックな出来事で、しばらく呆然としてしまったのを覚えています。
そこから7年ほど、残った得意先を繋ぎながら別途事業を立ち上げたりして何とか持ちこたえてきたのですが、いよいよ資金繰りに行き詰まり事務所をたたまなければといったそのタイミングで父の体調が悪くなったんです。
当時私は一人実家に向かう車の中で「これは母に呼ばれたんだな。あの世で父の事を心配した母が丁度このタイミングで私を実家に連れ戻すように仕組んだに違いない。」と思ったものです。もしあのまま事業が順調だったら父の事などほったらかして、介護の事は全く考えなかったと思います。
母が亡くなってから起こった様々な困難と仕事がダメになったタイミング、そして父が体調を崩したタイミングがまるで奇跡の様にぴったりと合ったからこそ、私は大阪の事務所を閉じて一人父の待つ実家へ帰る決断が出来ました。
今から振り返ってもまるであの世の母に操られていたように感じる出来事の連続でした。
以来、私はあの世を体のどこかで常に感じながら生活するようになりました。
この世で暮らす我々は大きな「天」に見守られながら、あるいは手のひらで転がされながら生かされている…。
しかも「天」は現世の価値観など全く無視して、ただ魂の成長の為にこの世の人に試練を与えることもある。
そう納得できれば、少しは気楽に生きられると思う今日この頃です。

「宗教・スピリチュアル」

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎チキンカツ
◎ポテトサラダ
◎ワカメスープ
 
 
 


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