資本主義が極まった時代に思う人間の本来の姿とは

私は現在50台前半ですが、いわゆる団塊の世代からは一回り以上下の世代になり、しかし高度成長期の日本の空気というのをかなり濃密に感じながら成長し、そうしてとどめのバブル全盛時代に社会人第一歩くらいの時代を通過して生きてきました。
まさに資本主義に翻弄されて生きてきた世代と言ってもいいと思います。私の親世代が戦争に翻弄されて生きた世代だとすれば、我々世代は資本主義が成長して頂点に達し、そうしてどんどんおかしくなっていく過程をリアルタイムで目撃している一番コアな世代ではないでしょうか。
高度成長期の日本は全ての国民が、働いてお金を稼ぐ事が幸せになる唯一の道だと信じていた時代でした。目標がはっきりしていますから誰でもある程度希望を持って先に進むことが出来た幸せな時代でした。ところが、何となく社会全体に最低限の物もお金も行き渡り高度成長に陰りが見え始めると、とたんにどうして進んでいって良いか分からなくなり始めました。こうして迷い無く先に進むことが出来なくなってしまった世代は「しらけ世代」と呼ばれて上の世代から批判されました。まさに我々世代がそのど真ん中に当たります。つまり従来信じ込まされていた価値観がどうもおかしいぞと気付いた最初の世代と言えるかもしれません。どういう事かというと、まず学歴だけで飯が食える時代は終わったとはっきり認識しはじめました。同じ流れで有名企業で働くことにも疑問を感じるようになりました。以前ははっきりと見えていた、高学歴で大会社に就職すれば一生幸せといった価値観が揺らぎ始めました。そうするとどこに向かって進んでゆけば良いのか分からなくなり、このあたりから自分探しなどと言って定職に就かず海外と日本を行ったり来たりしながら暮らすような人達が増えてきました。
そんな風潮もありながら、実際の社会はバブル景気に代表されるように欲望をとことん追求することに歯止めはかかりませんでした。政治家も官僚もいまだに景気対策が自分の一番の仕事だと信じているようです。
そして今、ようやく気付いたことがあります。それは過去の歴史を振り返ってみて、どういった仕事をした人が尊敬されているだろうか…、という事です。
どこの国であっても世代を超えて尊敬され、語り継がれてゆく仕事とは。それは「芸術」だけなんですね。例えば政治家はある国では英雄でもある国では極悪人であったりしますし、大金持ちも同じようなものです。今もてはやされているお金儲けが上手な人達は、時代が変われば批判の対象になることもありえます。しかし、スポーツも含めた「芸術」に関わる仕事を成し遂げた人は、国が変わっても時代が変わっても同じように尊敬され続けます。そう気付けば、人は何を学び実践していくべきなのか。ひとつの指針となるのではないでしょうか。

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎鶏もも肉のトマトソースパスタ
◎グリーンサラダ
 

 


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