あの時ああしていれば別の人生があったのか

(前回記事はこちら)
誰でも今まで生きてきた中で「あの時別の決断をしていれば全く違う人生があったはず…」と思える瞬間をいくつも経験するものです。
私ももうすでに半世紀以上生きていますので、当然そうした分岐点の様なものはいくつも思い出すことが出来ます。
結婚なんかも当然そうですし、就職や転職など様々に思い出すことが出来ます。
その中で、今でもあの時もう少し機転を利かせていれば全く違うキャリアの人生だったろうなと思える出来事がありました。
過去記事で何度も書いている「菊一堂」に就職するときの話しです。
当時はバブルがまさに始まったばかりといいますか、世の中はイケイケドンドン的な好景気に沸いている時期でした。私は二人目の子供が生まれる直前だったのですが、当時働いていた洋食店よりももっと高いレベルの仕事がしたくなり、三年間お世話になった職場に退職を申し出ていました。当時は若かったですしバブル景気でしたから、転職先はほんとにいくらでもある状況でしたので職場を変わることになんの不安もありませんでした。
それで求人情報誌で見つけた2社に目星を付けて履歴書を送りました。幸いどちらの会社からも面接をすると連絡があり、まず内心ではこちらが本命と思っていた方の会社に先に面接に行きました。その会社は大手の運送会社が出資してこれからオープンするという本格的なフレンチレストランで、今まで働いていた洋食店に比べると、出す料理のグレードもお店のグレードも比べものにならないレベルのお店でした。「自己紹介」でも触れたとおり、なにせ最初に働いたお店がコック見習いという名前の風俗店向けの出前持ちだったりしたので、こんなお店で修行出来たら、いよいよ本物のシェフになれる道が開けるのではないかと期待に胸を膨らませて面接に赴きました。面接は調理師の中習としての応募でしたのでその会社の調理部門の責任者の方が面接して下さったのですが、その方が口ひげを蓄えたいかにも高級レストランのシェフといった雰囲気の方で、質問されることも私の知らないレベルの事ばかり。途中でだんだん暗い気持ちになってきましたが、とりあえずやる気だけは人一倍ありますから勉強させて下さいとお願いして面接を終わりました。
それで帰り際に、合格であれば何時何時までに連絡します。連絡が入らなければ不合格と思って下さいと言われたのでちょっと無理かなと思いつつ帰路につきました。それで気を取り直してもう一社の面接に向かったのですが、その会社が例の菊一堂です。
菊一堂の方は、普通の人事担当の方が面接してくださり、面接時の感触も良く恐らく大丈夫だろうなと思いながら面接を終えました。
どちらの会社も後日結果を電話で連絡という事だったので、あとは自宅でじっと待つだけでした。
先に面接した会社からの連絡があれば当然そちらに行くつもりで待機していたのですが、結局その会社からの連絡は約束の期日までにありませんでした。
がっかりしていた所に、菊一堂から連絡が入り、採用したいので改めて別の担当者とも会ってもらいたい等電話をもらい気持ちを切り替えてその方向で準備をしていました。


さて、ここで人生の分岐点の登場です。菊一堂にお世話になりますと返事をした翌日か数日後だったでしょうか。先に面接をした会社から突然「連絡が遅くなりましたが、採用することに決定しました」と連絡が入ったんです。もし今の私が同じ電話を受けていたら、菊一堂の件は後で断りを入れることにしてその会社に入っていたろうと思います。しかし当時は若くてそんな知恵もなく機転も利きませんでした。正直にもう別の会社に決まってしまいましたと伝え断ってしまったんです。
結果、菊一堂に就職したことによって調理以外の仕事が増えコックとしてのキャリアは実質的に終わることになり、その後飲食業界を離れる事になってしまいました。もしあの時に機転を利かせて先に面接した会社に入っていれば今頃は全く違う人生だったろうなと思うことしきりです。
昔読んだ本で「未来世療法」という本があるんですが、前世療法で有名なブライアン・L・ワイス博士の本で、患者を催眠状態にして過去生に誘導すると時々未来の自分の人生を見ることがあるという内容の本です。その本によると現在の問題を解決した場合の未来と解決しなかった場合の未来と違う未来を見ることになるというんですね。患者は催眠状態で見たより素晴らしい未来へいくために現在の問題を解決していくといった内容です。
未来の人生を見るわけですから一種のパラレルワールドを見ているのだと思いますが、そうしたパラレルワールド、是非一度覗いてみたいと思う今日この頃です。

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎天ぷら(鰯、菜の花、鶏胸肉、サツマイモ)
◎キュウリとワカメの酢の物
◎かき玉汁

 


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2 thoughts on “あの時ああしていれば別の人生があったのか”

  1. 昭和62年3月23日に多分、富田林の菊一堂に行きました。結婚1周年でした。今日はそれ以来の結婚記念日を祝っています。途中、やっていないので菊一堂以来です。33年目と言うなんの節目でもありません。お邪魔しました。

    1. コメントありがとうございます。そうですか。私も一頃富田林店の副店長をしていましたが、昭和62年はまだ菊一堂に就職する前ですね。思い出にしていただいてるのがとても嬉しいです。ありがとうございます。ところで33年ってずごい年数ですよ。これからも良い関係を続けてください。これからの人生の幸せをお祈り致します。

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