アガスティアの葉とAIが支配する世界

もう10年以上前の話になりますが、インドの聖者サイババが日本でもちょっとしたブームになりました。
それと同じ頃に少しだけ話題になったのが「アガスティアの葉」です。
私はサイババもアガスティアの葉も青山圭秀という人が書いた本で知ったのですが、
特にアガスティアの葉については、本当にそんな物がこの世の中に存在しているのかと疑いながらも大変引きつけられて青山圭秀さんの本を熱心に読んだ記憶があります。
知らない方のために少し解説しますと、インドの古い聖者アガスティアが書き残した膨大な量の預言書の事を言いまして、
インドには現在でもこの「アガスティアの葉」を保管・管理している場所が複数あり、そこに行くと自分の過去も未来も全てその葉に記されているというんです。
ほんまかいな?と関西人ならずとも思わず突っ込みたくなる話しですが、青山さんの本では自身がインドまで行き実際に体験した話しが具体的に書かれていまして、
そこには青山氏の両親や先祖の名前から何と将来結婚する女性の名前まで書かれていたと…。そんな内容の本だったと記憶しています。
この「アガスティアの葉」については、その後テレビなんかでも取り上げられていたようでそっちの方でご存じの方も多いかもしれません。
この葉に現在実際に存在する人の事が書かれていることは紛れもない事実で、驚くことにその人がどういった名前の両親から生まれどういった職業に就くかなど具体的に記されているのが特徴です。
これは一体何を意味するのか…。つまり我々の人生は我々の意思とは関係なく、もう最初から決まっていたと言えるのではないか…。
この本を読んだ当時随分考えたのですが、結局人智を超えているというのが結論でそれ以降考えるのを止めてしまいました。
どうして今頃この「アガスティアの葉」の事を書いたかというと、
最近世間で何かともてはやされている「AI」の持つ薄気味悪さとこのアガスティアの葉が持つ人智を超えている部分に共通したものを感じたからです。
「AI」のお陰で今まで不可能だった事が随分出来るようになったと宣伝されていますが、
例えば顔認証の技術などは「AI」の学習機能がかなり重要な要素になっているようです。
大都会の雑踏の中からでも瞬時に目的の人物を特定出来る技術がすでに開発されている様ですが、
気軽に街を散策したつもりが、しっかり「AI」に所在を確認されてデータがサーバーに送られている世の中になってきたと言うことです。
ここで感じるのは監視されているという薄気味悪さとそれをどうすることも出来ない無力感です。
このどうすることも出来ない無力感とアガスティアの葉が指し示す「実は自由意志などなく、人生は最初から決まっているかもしれない」無力感がなんだか少し似ている様な気がするのは私だけでしょうか。
例えば映画「マトリックス」では自分が現実だと信じ込まされてきたものが実は偽物の世界で、
本当の自分は別の所で眠らされている事に気付く所から物語が展開するのですが、
今私自身がこうして暮らしている現実が「マトリックス」ではないと本当に言い切ることが出来るのか…。
まあそんな難しいことはあの世に言ってから考えることにして、今日も美味しいお酒と料理で「マトリックス」を楽しむといたしましょうか。

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎鶏の唐揚げ
◎小松菜と薄揚げの煮浸し
◎ワカメスープ
 
 
 


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