両親をガンで看取って気付いたこと

タイトルに書かせていただいた通り、私の両親は2人ともガンで亡くなりました。母親の方は70代になってすぐくらいに大腸ガンが見つかり、二度の大きな手術を経て人工肛門となり、その後病院で点滴や酸素マスクなど一通りの延命措置を受けた後に74歳で亡くなりました。
一方父は、体調に異変を感じていながら医者が嫌いでなかなか行こうとせず、ある日の夜トイレに立った時に倒れて歩くことが難しくなりようやく医者に行くことを同意しました。最初は脳に異常があるのではとCTスキャンを受けたのですが、結果脳の異常はさほどでもなく、すい臓にガンが見つかりました。
以前から訴えていた体調の不良はこれが原因だったというわけです。しかし当時父は83歳になっており、ガンが見つかった場所もすい臓であったために手術を勧められることはありませんでした。父も治療を拒否して今まで通り自宅で暮らすことを希望しましたので、近所のかかりつけ医にカルテを渡して自宅療養となりました。
つまり、母は積極的にガンと闘った後に亡くなり、父は全く何もしない「放置治療」の後に亡くなりました。
私は期せずして二つの全く正反対なガンとの向き合い方を間近で見ることとなりました。
その後母が亡くなってしばらくたった頃、市から届く今まで気にも留めなかった無料の健康診断のお知らせが目に留まり受けたことがあります。
結果、大腸に特大のポリープ(何と4センチ弱)が見つかり、大きさから考えて悪性の可能性が高いと言われ急ぎ切除して調べてみたら良性(前がん状態)だったという経験もしました。
そんな事もあり、40歳になった頃から自分は恐らくガンにかかるだろうとほぼ確信していまして、実際にガンにかかったら一体どうするだろうかと折に触れて考え続けてきました。そうして自分なりに出した結論は、「放置する」です。
この結論に至ってから数年が経ちますが、その考えは今も変わらないどころか、どんどん強固になっています。
これは両親の正反対な闘病生活を見た事と、そうした考えを補強する本を読んだ事が大きいのですが、その事を少し書いてみたいと思います。
まず母ですが、母の場合、医者に行ったきっかけが肛門からの長期にわたる下血であったという事もあり、出血がガンから起こっていることを考えると、貧血状態を改善するためにも手術をしてガンを切除するのは合理的に思えました。この時は本人も家族も皆手術には賛成していました。それに当時母は70歳に手が届くかどうかという年頃で、まだまだ畑仕事も普通にこなし旅行にも気軽に出かけるといった生活を送っていました。病気が見つかったときにはかなり進行していたとは言え、手術をすれば助かる道もあるのではと当時は考えました。実際に、1度目の手術が終わり退院してからしばらくは徐々に体力も回復し、ごく普通の生活を送れるまでになっていました。ところが1度目の手術から2年ほどたった頃でしょうか、手術をした部分の腸が癒着を起こしているからという理由で再度手術を受けることになりました。しかも今度は人工肛門を取り付けると言うことでした。それを聞いて私は手術に反対しました。現在普通に生活出来ているんだし、癒着といっても実際にどんな不都合があるのかなんだかピンとこなかったので、QOLが大きく下がることになる人工肛門は辞めた方が良いと思ったからです。
母も同じ気持ちでしたが、医者に強固に勧められ結局受けることになりました。はっきり覚えていますが、手術の前日母は、今からでもやめて帰りたいと暗い声で訴えていました。結局、この手術をきっかけに母は自宅にこもりがちになってしまい、どんどん体力を失っていき最後は病院で骨と皮だけのような状態で亡くなりました。
一方父はというと、亡くなる前日まで好きなビールを飲み、最後まで痛がることもなく朝起きたら布団の中で亡くなっていました。亡くなる一週間ほど前からは、全身がむくんでしまい、素人が見ていても死期が近いことは分かるような状況でしたが、意識はしっかりしており普通に会話も出来ていました。
この話をすると、たいてい「お母さんはまだ若かったから仕方ないよ。」と言われます。しかし今でも考えてしまうことは、2度目の手術をせずにいたら、いったいどれくらい生きていただろうかという事です。もしかして寿命は変わらなかったとしても、少なくとも病院のベッドの上で別人のようにやせ細って歩くことも会話も無理な状況で旅立つことはなかったろうにと、どうしても思ってしまいます。医者が勧めた治療を受けたことで、母が人間らしく暮らせた貴重な時間を大きく毀損してしまったと思えてならないのです。
こうした体験をした後に書店で目に付いたのが、「患者よ、がんと闘うな」で有名な近藤誠医師の本でした。残念ながら本のタイトルは忘れてしまいましたが、抗がん剤の毒性と不要なガン手術について書かれた本でした。それと中村仁一という医師が書いた「大往生したけりゃ医療とかかわるな 」という本でした。どちらも私の体験を補強する内容でいちいち納得しながら読んだ事を覚えています。例えば「大往生…」の方には、多くのガン患者は、何も治療をしなければ痛みを訴えることなく枯れるように自然に死んでいくと、老人ホームの医師としての立場から書かれており、私の体験ともと一致するものでした。また、時には手術や薬のせいで病状が悪化するという近藤医師の主張も私の体験と一致するものでした。
そんなわけで、私はもし自分にガンが見つかっても放置してそのままの生活を続けることを今では決心しています。
ただ、自分はそれで良いのですが、もし50代や60代の若いと言える年齢でそうなった場合に、家族をどう説得すればいいのか。この事に関しては、まだ良い考えが浮かびません。一人でこっそり旅にでも出ますかね。そうして人知れずのたれ死ぬとか…。そんな身勝手誰も許してくれませんね。生きることと同様、死ぬことも難しいと思う今日この頃です。


さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎おでん
◎鯖きずし
◎ほうれん草の胡麻和え

 

 


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