私は実家で独り暮らしだった父と介護の為に同居し、二人暮らしの介護生活を2年弱続けました。
仕事もしながらの介護生活中はとにかく毎日やることが一杯あり、一人静かに思いにふけるといった時間はほとんど持つことが出来ませんでした。
しかしそうした介護生活も永遠に続くわけではありません。
私の場合は、当時要介護度4だった父の介護がそろそろ一人で抱えきれなくなってきて、明日ケアマネさんに連絡をして相談にのってもらおうと決心した日の翌朝に、ベッドから少しはみ出した状態で亡くなっていました。
もう嘘みたいにあっけなく介護生活は終わりを迎えました。
そうなったらなったで今度は葬儀の段取りに始まり親戚など多くの方への連絡や手続きに忙殺されます。
しばらくは常に誰かとやりとりをする必要があったりどこかに出かける必要があったりととてもゆっくり気持ちを落ち着ける時間はありません。
そんな嵐のような時間がようやく一段落付き、ほっと一息つきながら晩酌をしていた時でした。
いつも父が座っていたテレビの正面の席に今度は私が座り、自分で適当に作った肴をつまみながらビールを飲んでいた時の事です。
ふと目をやった先に、父が生前使っていた青い表紙のメモ帳があるのが目に留まりました。
何となく手に取ってみたところ、俳句が趣味だった父が日々の生活の中で思いついた俳句を書き記したものでした。
俳句には日付も一緒に記されていて、それを母が亡くなり独り暮らしを始めた年から書き始めたことが分かりました。
父は生前独り暮らしについて、私には寂しいなどと一言も話したことがなく、それどころか「ワシは一人が好きだ」とまで言っていました。
ところがその手帳には、独り暮らす寂しさを詠んだ俳句がいくつも記されていたんです。
それを読みながら私は不覚にも涙が止まらなくなり、ほんの二十句ほどの量を読み終えるのに結局2時間ほどもかかってしまいました。
この時の思いをここでうまく表現することは私には出来ませんが、感謝と後悔と思い出とが混ぜこぜになって一気に感情の嵐が沸き起こった感じとでも言いましょうか…。
あれから随分時間が経ち、今になって思う事は、最後の最後に介護させてもらえて本当にありがたかったなという事です。
父が元気なうちはほとんど何の親孝行も出来なかった自分ですが、最後に少しだけ孝行息子気分にさせてくたのも、もしかしたら父の優しさだったのではと思っている今日この頃です。
さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。
◎赤かれいと豆腐の煮付け
◎ほうれん草の胡麻和え