地に足を付けて暮らす事と田舎で暮らす事

私の故郷は兵庫県豊岡市出石町といいまして、兵庫県の日本海側に位置する山間の田舎町です。〈写真は町のシンボル辰鼓楼(しんころう)〉
現在は隣の豊岡市と合併して豊岡市になっていますが、元々出石郡出石町と言いました。
その出石町の人口は私が暮らしていた1980年頃までは1万1千人ほどだったと記憶していますが、現在は1万人を割り込んでいます。
他の地方都市に比べて人口の減り方は緩やかなのかもしれませんが、やはり少子高齢化に悩む地域には変わり有りません。
私が通った小学校は、私が通っていた当時でも全校生徒の数が60人ほどでした。
つまり一学年に10人ほどの生徒しかいない事になります。私の学年は丁度10人でした。
同じ学校が今どうなっているかというと、平成30年の資料で全校生徒27名です。
廃校寸前といっていい状況です。
どうしてこんな事を書いたかというと、先日実家の件で豊岡市の不動産業者さんと話す機会がありましてその業者さんから、
いま豊岡市は徐々に転入が増えているという話しを聞いたからです。
しかも元々豊岡市に縁の無い都会に暮らす人達が、豊岡市で新たな暮らしを始めようと転入して来られるというんです。
それも、かつて流行った定年後の田舎暮らしが目的の人達ではなく、
若い人達が何かしら考えを持って転入される場合が多いと聞きました。
その話を聞いて真っ先に感じた事は、ちょっと大げさかもしれませんが、
やはり若い人達は「今のような資本主義の終わり」を敏感に感じ取っているんだなという事でした。

もう随分まえから一部で言われている事ですが、毎年経済成長を目指す現在の様な「資本主義」は、
いつか必ず破綻するネズミ講の様なもので、未来永劫続くものではありません。
これを維持するためにお隣の中国では誰も住んでいない高層マンションを建てるなどしていますが、
こんな事がいつまでも続くと本気で考えてやっているのかと疑ってしまいます。
資本主義社会というのは、高度経済成長を謳歌出来るほんの数十年だけが皆に幸せをもたらし、
それが終わった後は一部の富裕層と大多数の貧困層に分かれる格差社会を出現させて終わるといった流れがアメリカなどを見るまでも無く答えが出てきた感じです。
ではその後に出現する社会はどんなものになるのか。
それはまだ分かりませんが、豊岡市や出石町の様な田舎に移住する若者達がその答えを知っているのかもしれません。
最近はあまり未来に希望を持てないような社会になりつつありますが、
こうした若者達にほんとうに期待したいと思う今日この頃です。
ところで下の写真は出石町の名物「出石蕎麦」の写真です。
出石の蕎麦屋さんでは、どこのお店でもこのお皿を20皿以上平らげると「蕎麦通の証」と書いた木製の通行手形がもらえます。
行かれた際は是非トライしてください。結構大変ですよ。

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎カラスカレイの煮付け
◎厚揚げと小芋の煮物
◎小松菜のお浸し
◎ワカメスープ
 
 
 


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