偶然の再会 at 菊一堂箕面店

以前にも書いたことがありますが、私が学校を卒業して最初についた仕事は関西の某放送局でのアシスタントディレクターという仕事でした。ADというやつです。それももっぱら音楽番組を担当する約束で、番組制作会社から放送局に派遣されていました。普段は局内のスタジオで仕事をしていましたが、週に1〜2回ほど、梅田の百貨店などにあるサテライトスタジオやイベント会場などで公開録音番組も担当していました。
そんな番組のひとつに、落語家の故林家三平さんの娘で、歌手の泰葉さんがレギュラーで司会(アシスタント)を務める番組がありました。
その泰葉さんの大ファンで毎週公開録音の会場に来てくれる大学生の男の子がいたのですが、非常におとなしく真面目な印象の好青年でした。
通常、そういった公開番組などに毎週来るタイプの人は、ちょっとお近づきになりたくない感じの方が多かったのですが、その男子大学生は別でした。
その番組と私が関わっていたのは3年ほどで、泰葉さんが司会をしていたのはその中の1年ほどだったと記憶していますが、彼は毎週欠かさず来てくれました。
当時の私は丁度20歳くらいでしたから、その大学生とほぼ同年代で、もしかしたら同級生だったかもしれません。
さすがに毎週顔を合わせるので何となく話しをすることもあったのですが、私が彼について知り得た情報は、関西学院大学の学生さんで、しかも神学部。
なのに牧師にはならずに将来は整骨院をやりたいんだという事くらいでした。
それから幾とせ時は流れ、私は飲食業界に転職し、なぜだか菊一堂というレストランの箕面店で働いていました。
菊一堂というのは、ホテルのレストランをそのまま街場に持ってきたような感じの場所で、高級感のある料理とサービスで人気のお店でした。(今は倒産してどこにもお店はありません。)
お客様もお見合いとか結婚式など、ホテルと同じように使われる方が多かったです。
で、ある日のこと。お店奥の広いスペースを10人程度で予約いただいたお客様があったのですが、その中の主賓が何と当時泰葉さんを見に来ていた彼だったんです。婚約者と一緒に両家の顔合わせといった趣の会だったと記憶しています。私は一目見て彼だと分かったのですが、彼の方は私のことを分からないだろうなと思っていました。
というのも、昔ADをしていた頃の私はジーパンにTシャツが制服みたいな感じでしたし、逆に菊一堂では蝶ネクタイを結んで黒いベストを身につけていました。
ホテルマン風に髪の毛もそれなりにきちっとしてましたので、ぱっと見た程度では分からないだろうなと思ったんです。
ところが分かるんですね。若い頃の記憶というのはたいしたもんです。彼が料金を支払いに来てくれたので、私がレジの所にたちました。
目の前の店員が私と気付いたときに喜んでくれた彼の顔を今でも思い出すことが出来ます。彼は念願叶って自分の道をしっかり歩んでいるようでしたし、これから家庭を持つんだという希望に満ちあふれた素晴らしい青年になっていました。
私はというと、菊一堂での仕事は自分の希望の先にあるものではありませんでした。そこそこ居心地の良かった菊一堂を思い切って辞めることが出来たのも、そんな再会があったからかもしれません。
ところで、泰葉さんと言えば今はプッツンタレントの代名詞みたいになってしまいましたが、非常に才能に恵まれた方でした。ですので後に落語家の小朝さんと結婚したという話しを聞いたときは驚いたものです。なにかとても違和感を感じました。
結果的にその結婚の失敗が現在のプッツンにつながってしまった気がしますから、とても残念に思います。
これ、泰葉さんの代表曲。良い曲です。

(前回の菊一堂の記事はこちら)

(次の菊一堂の記事はこちら)

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。

◎とんかつ
◎ジャガイモと合い挽きミンチの煮っ転がし
◎冷や奴
◎ワカメと椎茸のスープ
 


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