菊一堂の話し_その5「悪夢のケーキバイキング」

久しぶりに菊一堂ネタです。私がこの会社で働いていたのは平成3年頃から6年間ほどです。丁度バブル絶頂期から終盤にかけての頃です。特に、入社半年ほどで着任した岸和田店にいた頃はもう世の中全体がイケイケドンドン状態で、大阪では花博が開催され、証券会社の幹部が大阪ミナミの飲み屋のおばちゃんみたいな人のご託宣を聞くために日夜日参していた頃です。
その後このおばちゃんは警察に捕まり、証券会社の幹部がどうなったかは忘れてしまいました。覚えているのは、全国ニュースで流れていた地上げ屋殺人事件の被害者が店のすぐ近くの放置車の中から発見され、その捜査で店にやって来た刑事さんがホントに刑事ドラマの中から抜け出てきたような一目でそれと分かる刑事さんだった事ぐらいです。
ちなみにこの刑事さん。二人組で来られたのですが、そのうちの一人にいただいた名刺に記されていた肩書きが「部長刑事」で、名前が「槙塚伸一郎(まきづかしんいちろう)」という名前でした。あまりにドラマ風の肩書きと名前だったので未だにはっきりと覚えています。

さてさてそんな頃、菊一堂グループでは、ほぼ全店でケーキバイキングをやっていました。値段ははっきり覚えていません。でも1500円から2000円程はいただいていたような気がします。当時の菊一堂の立ち位置は、ホテルよりは安いくて入りやすいがサービスや内容はホテル並みかそれ以上というのがスタッフやお客様にも共通した認識だったと思います。そのイメージでいくとケーキバイキングの値段はかなり安く感じるわけです。そのせいでしょうか。皆が高級志向のバブル期にもかかわらず、とにかくもうお客さんの来ること来ること。
特に近所の高校生の間で爆発的なブームになってしまいました。当時ケーキバイキングは確か平日の午後2時から3時間程度の開催だったように記憶してますが(定かではありません)、その時間帯になると、店の前の道路を真っ黒な軍団が渡ってくるんです。もう全部高校生です。
それであれよあれよという間に100席近い店内が一瞬で満席になります。9割方高校生です。
想像して下さい。ケーキ食べ放題・ドリンク飲み放題でお客のほとんどが高校生。
悪夢です。
今日はこの辺で終わっときます…。
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1 thought on “菊一堂の話し_その5「悪夢のケーキバイキング」”

  1. 懐かしい菊一堂の名前
    私は子供の頃羽衣の菊一堂を良く利用していました。
    もうつぶれてしまったんですね
    菊一堂のケーキ食べたいなあ

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