今日という日に…1月17日への想い

23年前の今日、神戸を中心に起こった大地震が今に続く大災害時代の幕を開けてしまったんだと感じる方は多いのではないでしょうか。
あの地震をきっかけに確かに何かが変わってしまったように感じます。
当時の私は家族と四人で大阪府豊中市のマンションに住んでいました。
幸い私の住むマンションでは怪我人は出たものの犠牲者は出ませんでしたが、あの日の事は今でも鮮明に覚えています。
当時は携帯電話がようやく一般的に普及し始めた頃で、もちろんスマホなんかはありませんでした。
まず自宅の固定電話から実家に安否確認の電話をしました。
それから使い始めたばかりの携帯電話を見ましたら、いつもは時刻が表示されている液晶画面に真横に一本ラインが表示されているだけのなんだかへんてこな表示に変わっていて、それっきり携帯は通じなくなってしまいました。
時間が経つにつれ固定電話も通じにくくなってしまい、気になる人や場所があればとにかく行ってみるしか方法がないような状況になってしまいました。
さらに地震から数日が経つと神戸方面へ救援物資を運ぶ車で、東西に走る主な幹線道路はどこも渋滞で動かない状況になり車も使えなくなってしまいました。
当時はカーナビなどありませんから、多くの車が渋滞を避ける目的で狭い路地に入り込みそのまま動けなくなるといった事が頻発していました。
ようやく鉄道もある程度動くようになり、少し落ち着きを取り戻した頃にはもう桜の季節も終わっていたように思います。

ところでこの当時の記憶で個人的に鮮烈なのは、神戸からほど近い大阪梅田の風景でした。
兵庫県尼崎市に住む従姉妹の家へお見舞いに行こうと思い梅田まで出かけました。
手土産にお寿司を買う目的で阪急百貨店に行きたかったからです。
途中、電車の窓から見える風景は屋根にブルーシートをかぶせた家々が多く地震直後のダメージを引き摺ったままでした。
ところがいざ梅田駅で下車してみると、そこは地震が起こる以前と同じ町並み日常でした。
道行く人も商店も百貨店も、何もかも地震が起こったことなど嘘のように平常通り普通なんです。
あれだけのダメージをもたらした災害がすぐ近くであったことが信じられないほど普通でした。
未曾有の大災害があったすぐ近くで何事もなかったかのような日常が続いている…。
そのギャップの大きさに愕然とさせられました。
何があろうと人間は生きていかねばならず、そうした風景は当たり前と言えば当たり前なんですが、なんだか釈然としない割り切れない思いが胸を満たしたことを昨日のことのように覚えています。

さてさて、何はともあれ美味しいご飯があればそれで幸せ。すてきな一日に乾杯。


◎鯖の味噌煮
◎大根と焼き豆腐と豚バラ肉の煮物
◎キャベツと卵の炒め物
◎わかめのすまし汁

 


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